親が変れば子供は変る
「なんで、うちの子やる気がないんだろう。」
勉強もせずにテレビ、漫画、ゲームに熱中する我が子を見て、そう嘆く親御さんは多いと思います。しかし、子は親の鏡と言います。まず親が変らなければ子供は変りません。そのキーワードは「価値観の構築」です。ちょっと堅い話になりますが聞いてください。
今の日本、あるいは世界全体の流れは、間違いなく自己責任型社会へと向かっています。こうした社会では、個々の価値観を確立する事が何より重要です。戦後の日本は己の価値観を他者に預け、ひたすら経済を追求してきました。それはそれである意味成功したのですが、その代償がここにきて一気に噴出した感があり、とりわけ教育の分野では目を覆うばかりの惨状です。
まず、我々大人が子供に示すべき価値観を喪失しています。結果「我が家は子供の自主性を尊重しています。」という放任主義が主流です。ところが最近では放任が放棄になり、悲惨な事件がニュースになることも珍しくありません。
そもそも子供の自主性とはどのようにして育まれるのでしょうか。それは、子供が成長過程の中で様々な価値観とぶつかり、反発しながら、それを比較検討することで自らの価値観が構築されれ、自主性を身に付けていくのです。ぶつかるべき価値観に出会えないままでは、子供の自主性など育つはずがありません。子供の学習意欲は、そうした自主性の確立と無関係ではありえないのです。
私たち大人は、その責任として、恐れず、侮らず、見くびらず、子供に対しての自らの価値観をぶつける必要があります。もちろん、我々にとっても苦痛を伴う作業です。なぜなら、それは我々大人が見失った自分の価値観を取り戻すことであり、自分の人生を問い直すことだからです。
「確固たる価値観を持たない人は反論を許さない抽象論を述べる」
いじめと自殺が社会問題となり、有識者と呼ばれる人の意見が各方面から出されましたが、曰く「命の大切さを教える教育を」「子供の目線に立った指導を」など具体性のないものばかりです。言ってることは、なるほど「ごもっとも」なことばかりですが、家庭や学校の教育現場で必要なことは、美辞麗句のスローガンではなく、具体的な方法論なのです。また「なぜ勉強は必要なの?」という子供の素朴な問いに対して、「あなたの将来のためよ」では全く説得力をもちません。その是非はともかくとして、「良い学校に行って、良い会社に入って、安定した生活を送るため」の方が、子供にとって反論、反発の余地があるだけ有益な回答といえます。
もとより教育論に唯一の正解など存在しません。お父さん、お母さんが、私たちの意見に反発しながら、自らの価値観、教育観を考えるきっかけになれば今回の私たちの目的は達成されたことになります。そして、そのことがお子さんの学習意欲に良い結果をもたらすことを確信しています。
- by 学志舎
- at 2007年05月14日
